アマチュア数学者の日記

とある大学で数学を学んでいます。専門は偏微分方程式です。高校野球、マラソン、カメラ、数学、etc...多趣味です。様々なことを書いていきます。

僕の受験生時代を振り返るpart2~浪人時代前半

調子に乗っていた高校生の僕は志望校に全落ちして、浪人生活が確定した。

それまでの経緯はこちら↓

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浪人生とは何ともみじめな身分です。

何かの記事で勉強するニートだと言っている方がいましたが、まさしくそれです。

幸い僕はバイクの免許を持っていたので大丈夫でしたが、ほとんどの浪人生はまともな身分証すら持っていません。大手の予備校などでは入館証などが配布されるようですが、僕の予備校にはそんなものもなく、19歳になっても身分証もない人たちです。

どこにも所属せず、周りの同級生は大学生活を謳歌しています。

それはそれは苦しい1年間でした。

でもそれなりに楽しかった?思い出もあったり、頑張った充実感もあったりで悪くない1年だったのではないかとも思います。

もう1回やるか?って言われたら絶対やらないけれども。

今日はそんな浪人時代のお話。

4月~7月 スタートダッシュを成功させる&最初は頑張っていた友人が梅雨に入ったとたんに行方不明になる

4月から予備校通いの生活がスタートします。予備校は沖縄県で最大手の沖〇ミです。

一般的な予備校はどこでもそうだと思いますが、4月の最初にクラス分けテストがあります。数学が得意だったこともあり、数学だけ1番上のクラスで物理・化学はちょい上のクラス、残りは1番下のクラスでした。

オリエンテーションでイギリス人の先生ににお前たちに人権はないと言われました(笑)あのイギリス人元気かな。

授業以外で自習室の外に出るなよとも言われた記憶があります。

最初のころからそれを忠実に守ったおかげで、最後までそれを貫くことができたのはよかったと思います。

また、6月には球技大会があり、いろんな教室の予備校生と仲良くなることができました。受験は1人でやるというのはもちろんなのですがやっぱり1年間友達と話さずに勉強するのはつらいものがあるので友達がたくさんできた良かったなと今考えると思います。

これは書いていて思い出したのですが、梅雨になると行方不明者が出てきます。これは毎年のことのようで先生方も慣れた様子でした。(てゆうか、沖縄の梅雨ってゴールデンウィーク開けると始まるんですよね。さすがに早すぎだろ)

僕の予備校は中学校の校区と近かったこともあって、中学校が同じだった人が何人かいました。うち1人とはまあまあ仲良かったのですが、彼は早々と受験戦争から脱落しました。そのほかにもうちの中学校出身のメンバーが脱落していきました。この話は結構面白いのですがここでは書けないので、僕のリア友の方はぜひ個人的に聞いてください。

まぁそんなこんなで7月まで乗り切りました。このころには最初いたメンバーの1割くらいが予備校に来なくなっていました。

夏を制す者が受験を制す夏期講習

8月になると夏期講習が始まります。担当の先生とも話し合い、むやみに授業を取らないという方針で一致しました。その時間を復習に使おうと。

今考えると本当に親身になってくれてたなと思います。予備校や塾って授業を取ってもらってなんぼの世界ですから。なかなか授業を取らないでいいよなんて言えないと思います。この夏期講習の時間にいろいろな演習問題をやったことが最終的に力になったのかなと思います。

またこの時期にも脱落する人がいて最初のころから数えて2割くらいが来なくなりました。

一方で、宅浪するつもりだったけど予備校に入ることにした人、大学に入学したけど合わなくて再受験する人など様々な人が追加されてきました。

驚いたのは再受験する人が意外に多かったこと。知ってるだけで5人くらいいました。

 

 

今日は以上になります。次回は後半を書きたいと思います。