アマチュア数学者の日記

とある大学で数学を学んでいます。専門は偏微分方程式です。高校野球、マラソン、カメラ、数学、etc...多趣味です。様々なことを書いていきます。

なぜ数学を学ぶのか

こんにちは

今日の内容は完全に僕の愚痴になります。

生産性のない授業システム

今日は学校で教職の授業がありました。

授業はどっかの学校の元校長先生や教員経験者が来て我々学生の発表を聞くという形式で行われました。

まぁなんというかとっても眠かったです。ほとんど意味のない授業のように思われました。事前にレポートにまとめたことをみんなの前で発表してその後提出という感じの授業を3時間もやりました。

レポートに書いたものを発表する意味ある???

数学のセミナーみたいに合ってるかわからないものをみんなで議論する形式ならわかりますが、自分が学んだことを発表する意味はないかなと。

どうしてもみんなの学びを共有したいならオンラインで提出してポータルで見れるようにすればいい。

学校の先生って「発表」とか「学んだこと」とか「感想」とかいう言葉が大好きですぐそういうのをしちゃいます。

(これは僕も今後気を付けないといけないことと思います)

個人が自分のためになったならそれでいいじゃん。っていう

いざ発表

話は変わって僕の発表の時の話。

授業のシステムに問題はあると感じてはいたけど一応それなりにちゃんと発表しました。内容は教育実習での生徒の反応とか、

「数学に興味を持たせることを頑張りました!」

的な感じでした。具体的には僕は生徒に一筆書き問題を用いて数学に興味を持ってもらおうとしたことを話しました。

大体こんな感じ↓

www.torito.jp

「数学だけど数字はほとんど登場しないので、親しみやすいかなと思いました!」

的なことを発表した気がします。

一応これで先週学部で賞取ったんだからな!!!

 

そしたら先生方が、

先生A「これを学ぶ意味は生徒にどう説明しますか?」

先生B「日常生活にいかされますか?」

先生C「あなたがこれに興味を持った理由は?」

 

「えっ?」

 

いやいやなんでこの話題に持ったかなんて面白そうだからい決まってるじゃん。

日常生活に活かされるわけないじゃん。

これを学ぶ意味なんてねーよ。楽しそうだからやってるだけだよ。

主体的・対話的で深い学び

最近「主体的・対話的で深い学び(笑)」みたいな言葉が教育界では流行りでして、教師主導ではなく生徒の興味を大事にすることが文科省から口うるさく言われているようです。

もちろんその考えは素晴らしいものです。教師が押し付けで授業をするのはよくない。特に進学校のような暗記一辺倒の授業をすることに僕は反対の立場です。それは塾がやればいい。

一方ですべての内容に学ぶ意義を求めたり、日常生活に活かしていこうとしたりする考え方には無理があると思います。

てか、そのやり方夢なくない?

意味なくてもいいじゃん。先生が楽しそうに良い授業してたら中には楽しいと思う生徒もいるわけで、その中から1人でもその道に進む生徒が出てくればそれはそれで成功といってもいいんじゃないかな。

多分「生徒に学ぶ意味を実感させる授業」とか「日常生活に役立つ授業」とかしたところで興味持たない生徒は興味持たんよ。

僕は微分方程式が好きで専門も微分方程式だけど、なんで微分方程式の解を知りたいのですか?って聞かれたらそれはもう

「微分方程式の解が知りたいからです!」

としか答えられない。多分ほとんどの人がそうだと思う。

 

なので、学ぶ意味とか有用性とか考えるのもいいけどそうじゃないこともあるっていうのを教えるのも教育じゃないかな。