アマチュア数学者の日記

とある大学で数学を学んでいます。専門は偏微分方程式です。高校野球、マラソン、カメラ、数学、etc...多趣味です。様々なことを書いていきます。

いろいろな"="

私たちは算数を学習し始めた小学校1年生の頃から"="(イコール)を使い始めました。人によってはもっと早かった人もいるかもしれません。数の計算や文字式、方程式など様々なところで登場しました。

今日はそんな「イコール」についてのお話。

数学を学んでいると、あるものとあるものが等しいことを示す必要のある場面が出てきます。例えば、集合Aと集合Bが等しいことを示したり、関数f(x)とg(x)が等しいことを示したりします。いくつかの例を見てみましょう。

集合論における"="

集合Aと集合Bが等しいことを示したいとき、通常の意味での数式のイコールを使うことはできません。このような命題を示したいときはどうすれば良いでしょうか?

この場合は

「∀a∈A ⇒ a∈B かつ ∀b∈B ⇒ A」

であることを示せば「A=B」が示されたことになります。

集合Aのすべての元aが集合Bに入っていて、逆に集合Bのすべての元bは集合Aに入っているという意味です。

解析学における"="

解析では主に、不等式を用いて両辺が=で結べることを示します。たとえば、関数f(x)とg(x)が等しいことを示すときには、

f(x)≧g(x)かつf(x)≦g(x)

であることを示します。またf(x)=c(定数)を示したいときには、

f(x)≧cかつf(x)≦c

を示す必要があります。また、解析では=を直接示すことは少ないような気がします。解析を専攻していると、=の文字を見た瞬間に不等式をどのように示そうかと考えるようになります。

おまけ(⇔)

=とは少し異なりますが、⇔についても説明しておきます。条件Pと条件Qが必要十分条件であるとき、

P⇔Q

と書きます。P⇔Qの定義は、

「(PならばQ)かつ(QならばP)」

が成り立つことです。この⇔記号は条件における=と思ってよいでしょう。

 余談ですが、受験の数学でこの記号を使いたがる受験生は多いのですが、安易にこの記号を使うことはおすすめしません。この記号を使うとき、数学を専門にしている人はものすごく神経を使います。必要十分性の確認は非常に労力を要するからです。数学の知識に乏しい高校生が必要十分性を確認せずにこの記号を使うと、「けしからん」となることもあります。しっかり確認してから使うか、使わないようにしましょう。

 

 

沖縄の長男

この手の記事は結構いろいろなところで書かれているのですが、僕も書いてみたいと思います。このブログらしさを出すために、数学の教科書っぽく定義→定理という流れで書いてみます。

沖縄県は令和になったこの時代にも「家制度」的なものが残っています。厳密には家制度とは異なるものもあるのですが、昔からの伝統を守り続けているという意味においては同じです。最も沖縄に限らず、地方ではいまだにそのようなシステムが残っているのかもしれません。

どのような制度かというと、

①長男は仏壇を継ぐ

②長男は墓を継ぐ

③長男以外は仏壇や墓を継ぐことはできない

④何事においても長男は優遇される

大体こんな感じです。これくらいどこの地域でもあるわ!と思われた方も多いと思われた方も多いと思いますが、1つ1つの負担が他の地域とは比較になりません。

①~④まで1つづつ見ていきたいと思いますが、その前に沖縄の「親戚」の定義を確認しておきましょう。(何事も定義の確認は大事です)

定義(親戚)

沖縄では血がつながっていれば、親戚とみなされます。例えば、親のいとこの家族は当然親戚です。祖父母のいとこも、その家族ももちろんみんな親戚です。

 

この定義が、他の地域との違いではないでしょうか?普通血のつながりがあるといっても、祖父母のいとこの家族など知らない場合が多いのではないでしょうか。沖縄ではこれくらいなら普通に親戚です。すなわち何かしらの行事があれば当然集まりで顔を合わせる機会があります。

面白いサイトを見つけたので貼っておきます。

www.gajumo.com

このように沖縄では家系図がある家も珍しくありません。顔は見たことあるけど名前や自分との関係性を知らない親戚もたくさんいます。

定義を確認したところで、さっそく定理を見ていきましょう。

 

定理①長男は仏壇を継ぐ(継がなければならない)

解説

沖縄に長男として産まれたなら避けては通れない宿命です。特にタチが悪いのは、長男の長男「スーパー長男」と呼ばれる人です。僕が高3の頃授業である先生がこんなことを言いました。

先生「男子で長男の人手を挙げてくださーい」

  「この中で家に仏壇がある人は手を挙げ続けてくださーい」

  「女子のみなさーん!よく見ておいてくださいよー。」

  「今手を挙げている人はなるべくなら結婚しない方が良い人たちでーす。この人達

   と結婚するともれなく仏壇がついてきまーす。」

大体こんな感じだったと思います。沖縄では家に仏壇があるということは、何かにつけて人が集まるということ。盆や正月はもちろん、身内の不幸や結婚といったイベントの度に一族が大集合します。そうなると長男及びその嫁は接待をしなければなりません。先ほど述べたように親戚の数も桁違いですから、大量の料理、酒の用意をするのです。これが年に何回も発生します。これが原因で長男が離婚することも多いようです。

定理②長男は墓を継ぐ

解説

これは先の仏壇の話と似ています。しかし、沖縄の墓というのは少し特殊でして、親戚は全員同じ墓に入ります。先ほど言ったあの大量の親戚が。それゆえ、墓がものすごく大きくなります。こんな感じ。

oki-memorial.org

僕の実家のお墓は特に大きく、今1人暮らしをしている自分の部屋よりも大きなお墓です。そして、そのお墓の前に人が集まって宴会をできるスペースがあります。何に1回そこで親戚一同集まってご飯を食べたり、お酒を飲んだりする日があり(シーミーと呼ばれています)、もちろんその日は長男一家は準備に追われることになります。

定理③長男以外は墓・仏壇を継ぐことはできない

解説

基本的には長男以外の人が墓・仏壇を継ぐことはできません。なので長男は地元にいなければなりません。これが度々大きな問題を生むことになります。長男が県外に行ったっきり帰ってこないとか、墓・仏壇の管理をする気がない場合、親戚中から非難を食らう羽目になります(理不尽www)。そして、何か不幸が起こると、墓・仏壇の管理がなってないからだとまたしても非難されることになります。

定理④何事においても長男は優遇される

解説

お年玉の額も1番、何かあった際に1番意見が通るのも長男。義務が多い長男ですが、事あるごとに優遇されます。それだけは長男の特権かな。

 

僕はどうかって?

 

 

 

 

 

 

 

もちろん長男です。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、次男の長男なので、いわゆる「スーパー長男」ではありません。それでも、大学を卒業して沖縄に帰る気がないといったら、周りの人から結構いろんなことを言われました。幸い親からは何も言われず、自由にして良いとのことだったので問題が深刻化しませんでしたが、周りの友人の中には親戚の反対にあった人もいたようです。時代は令和になりましたが、良くも悪くも沖縄では先祖代々受け継いできた伝統を守り続けています。

 

間違った方向に一生懸命頑張ると誰かの迷惑になることがあるという話

何回か書いていますが、僕は塾でアルバイトをしています。

この時期は夏期講習で生徒(特に受験生)は、必死に頑張っています。もちろん我々講師も必死に成績を上げよう&合格させようということで頑張っています。

そんな夏期講習での1コマが今日のお話です。

今日の出来事

僕の働いている塾は、講師はほぼ全委員アルバイト、つまり大学生です。社員は1つの教室に1人。管理職ってやつです。

今日ある先生が自分のシフトの時間が終わった後、タイムカードを切ってから生徒の指導をしていました。うちの塾では禁止されている行為です(おそらくどの塾でも禁止されています)。理由としては、

・勤務時間ではないので、給料を出せない

・他の生徒に不平等になる

・塾は授業を売り物にしているので、授業を無償で提供すると商売が成り立たなくなる

といった感じです。

主に↓2つが主な理由です。それを見た管理職の社員がその先生に注意をしました。

「〇〇先生。禁止事項なので次からは気をつけてください。」

的な感じだったと思います。それに対してアルバイトの講師が反論しました。

「僕はタイムカードも切ってますし、会社にも誰にも迷惑はかけていません。生徒のためになることをしていることなのになんでこんなに非難されいけないのでしょうか。」

そう言ってしますともう後の祭りです。ああでもない、こうでもないという言い合いが始まりました。

 

この出来事を通して僕が考えたこと

僕は時間外で授業をすることを禁止する塾の方針に賛成のスタンスです。僕たちはプロの塾講師ほどではないにしても、多少の予習をしますし、何より小さいころから親が多くの投資を私たちにしてくれたからこそ今の知識があるのです。要は僕たちの知識はタダじゃないってこと。それゆえ、適切な対価をもらってより良い授業をしたい。

そもそも、このアルバイト講師の「会社にも誰にも迷惑をかけていない」とという意見は本当に正しいのでしょうか。先ほども述べたように、塾は授業を売り物にしていますので、タダで授業を提供していては商売あがったりです。

しかし、そもそも授業は誰の所有者は誰なのでしょうか?

授業を行うのは私たち講師です。なんだか哲学的な命題になるような気がしなくもないですが、所有権は当然会社に帰属します。雇用関係にるので、勤務時間中に私たちが生産した授業という「商品」は会社の所有物です。その生産の対価としてお給料を頂いています。ですから、この講師が言った「会社にも誰にも迷惑をかけていない」という理論は的外れです。

また、この講師がいわゆる「サービス残業」を行ったことで、周りの講師が帰り辛い状況になりました。特にその講師より下の学年の講師はものすごく帰り辛そうでした。僕自身まだ大学生で、実際に会社で残業をしている社畜サラリーマンを見たことがないのですが、ほとんどの人はこのように一部の帰らない人がいるために、帰ることができない状況になっているのではないでしょうか。そのような点においても周りの人に「迷惑」をかけています。

その講師は自分の後輩ですが、ものすごく熱心な男です。生徒からの信頼も厚く良い講師だと思います。ただ今回は一生懸命頑張る方向を間違えたのではないか。一生懸命頑張ることは大事なことです。しかし、頑張る方向を間違えると多くの人に迷惑がかかることがあります。今回その典型的な例だったような気がします。

 

熱方程式⑤ノイマン問題の解の一意性

以前から熱方程式の記事について書いています。

以前までは以下の熱方程式を考察の対象にしていました。

(1) Ut(t,x)=Uxx(t,x)

(2) U(t,0)=U(t,1)=0

(3) U(0,x)=a(x)

上の(1)~(3)を満たす熱方程式の初期値・境界値問題を熱方程式のディリクレ問題といいます。

今日は、

(1) Ut(t,x)=Uxx(t,x)

(2) Ux(t,0)=Ux(t,1)=0

(3) U(0,x)=a(x)

上の(1)~(3)を満たす熱方程式を考えることにします。このような初期値・境界値問題のことを熱方程式のノイマン問題といいます。(2)のUx(t,0)=Ux(t,1)=0は端点x=0,1で熱の出入りがないことを意味しています。

ディリクレ問題の時と同じように、ノイマン問題においても初期値に対して正値保存性が成り立ちます。また、この正値保存性を起点に、解の一意性、安定性が導かれます。それでは見ていきましょう。

 

定理(ノイマン問題の正値保存性)

(1) Ut(t,x)=Uxx(t,x)

(2) Ux(t,0)=Ux(t,1)=0

(3) U(0,x)=a(x)

において、a(x)≧0ならば、古典解U=U(t,x)も[0,∞)×[0,1]において、

U(t,x)≧0

が成り立つ。

 

証明

Tを任意の正数として、UをQ=[0,T]×[0,1]に制限考え、そこでUが負にならないことを示せば良いです。

εを任意の正の数として、補助関数Wを

W(t,x)=e^(-t){U(t,x)+ε(1-x(1-x)+2t)}

と定義する。QにおいてW≧0であることを背理法によって証明します。

そのために、WがQにおける負の最小値mに(t0,x0)で到達したと仮定します。

今、簡単な計算により、Qの内部(0,T]×(0,1)では

Wt + W = Wxx

であることがわかります。

もし(t0,x0)がQno内点ならば、その点では

Wt(t0,x0) = 0

Wxx(t0,x0) ≧ 0

W=m ≦ 0

となり、Wt + W = Wxxに矛盾します。したがって、(t0,x0)はQの内点ではありません。

またt0≠0であることは、

W(0,x) = a(x) + ε (1-x(1-x)) ≧ 3ε/4

となることからわかります。また、x≠0,1であることは、

Wx(t,0)=-εe^(-t) ≦ 0

からわかります。したがって、WはQにおいて負の最小値をとることは不可能であることがわかりました。

以上より、WはQにおいて、W(t,x) ≧ 0 でなければならないことがわかりました。

このことから、

U(t,x)+ε(1-x(1-x)+2t) ≧ 0

が得られます。ε→0とすれば、

U(t,x)≧0

となり、証明が完了しました。

 

定理(ノイマン問題の解の一意性)

熱方程式のノイマン問題

(1) Ut(t,x)=Uxx(t,x)

(2) Ux(t,0)=Ux(t,1)=0

(3) U(0,x)=a(x)

の解は一意である。

 

証明

(1)~(3)を満たす2つの解をV,Wとします。

U=V-Wと定義するとUの満たす条件は、

(1) Ut(t,x)=Uxx(t,x)

(2) Ux(t,0)=Ux(t,1)=0

(3) U(0,x)=V(0,x)-W(0,x) =a(x)-a(x) =0

となります。すなわち、U(0,x)≧0

このとき、先の定理よりU(t,x)≧0 であることがわかります。

U(t,x)=V-W≧0

∴V≧W

また、U=W-Vとして全く同じ論証を行うことにより、

W≧V

が得られます。

従って、V=W

以上より熱方程式のノイマン問題の解の一意性が示されました。

 

 

ディリクレ問題の時と同じように補助関数を用いて、正値正(最大値の原理)が導かれ、その系として一意性が導出されます。

 

 

 

 

 

 

 

 

数学の3分野

数学には大きく分けて3つの分野があります。

数学が発達するにつれて、このような分け方には意味がなくなってきていますし、分野にとらわれない理解が大切であることは自覚しています。また、これらのどの分野にも分類することができない分野も多くあります。しかし、数学という学問がどのような学問であるかを理解するには、このような形で分類することにも意味があるのではないかと思い、3つの分野それぞれの内容や特徴をあげてみたいと思います。

数学の3分野というと一般には「代数学」「幾何学」「解析学」を指すことが多いです。これらを順にみていきたいと思います。

代数学

代数とは集合に演算が入った組(集合をU、演算をRとすると、(U,R)のことです)を考察の対象にする学問です。例えば、整数の全体集合をZという集合を興味の対象としたとき、

・代数では整数同士で足し算や掛け算をしたときに整数の元になっているか?

・整数に演算の構造を入れたときに、ある構造とどのような構造が同じ構造を持っているか?

というところに、焦点を当てます。集合の中の動きを調べる学問ということもできるかもしれません。集合に演算が1つ入った群、2つ入った環、3つ入った体といった代数的構造を持つ集合などがあります。

幾何学

幾何学といえば図形の長さや角の大きさなどを調べる学問のイメージが強いように思います。高校時代に図形問題に苦しめられた方も多いことでしょう。高校数学で登場する幾何学は『ユークリッド幾何学』という幾何学です。基本的にはまっすぐな平面や空間の図形を考察の対象にしていました。大学以降の幾何学では、このユークリッド幾何学ではなく、微分幾何学だったりリーマン幾何学位相幾何学などのユークリッド幾何学とは異なる分野が研究の対象にします。例えば、微分幾何学では「曲がり方」を調べたり、位相幾何学は「やわらかい幾何学」と呼ばれ、伸びや縮みによって同じ形を作ることができるかといったことを調べたりします。

代数幾何や解析幾何などの学問もあり、他の分野とのつながりが強い分野でもあります。

解析学

解析は、極限や収束を扱う学問です。主に関数や数列などの変化を調べたりします。高校数学で学習する微分積分などもこの分野です。数学Ⅲで微分積分の楽しさにはまって、解析を専攻しようと数学科に来る人が結構いますが、別物です。εーδ論法などによって無限大や無限小をより厳密に扱ったり、ルベーグ積分などを用いて積分をより広く定義したりします。高校数学よりも厳密性にこだわる学問になります。また、物理学や統計学との関連が深く、数学が役に立つのを実感しやすい分野でもあります。

 

まとめ

以上のように数学には大きく3つの分野が存在します。ただ、どの分野も密接に関連しあっています。20世紀最大の難問といわれた「ポアンカレ予想」は当初位相幾何学的な解決策があると考えられていました。しかし、実際には微分幾何学という解析と幾何の両方の知恵を絞った分野の方法で解決されました。専攻を決める際には、自分の興味はもちろんですが、その周辺分野も積極的に学んでいく必要があるのかもしれません。(自分の戒めでもあります。)

 

 

玉名花火大会

夏といえば花火。

先日玉名花火大会に行ってきました。

僕自身花火大会に行くのは初めてでずっと前から楽しみにしていました。

三脚を立ててばっちり撮ってやろうと思ってたのですが、いわゆる『ガチ勢』の方々が早くから場所を取っていたことと、人が多かったこともあってなかなかうまくいきませんでした。

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 なんとかそれっぽく撮れた2枚です。星はよく撮るので、暗いところの撮影には慣れているつもりでしたが、動くものはやっぱり難しい。また、歩いている人もたくさんいたので、それをよけるのも苦労しました。

また、計画を立ててリベンジしたいと思います。

そして何よりも

 

 

 

浴衣を着た彼女が可愛かった(≧▽≦)

 

 

 

以上。

高校数学「集合と命題」

先日友人と教育実習の感想を話す機会がありました。

そこで、ふと教育実習で行った授業のある一コマを思い出しました。その時の様子を書き出してみます。

 

僕「今日は命題の否定について学習します。」

 「『~である』の否定は『~でない』となります。日常生活でも使いますよね。」

 「では、1つ皆さんに質問をします。『aは有理数である』の否定は?」

生徒A「『aは有理数でない』です!」

僕「正解です。ほかにも言い方がありますが、わかる人いますか?」

生徒B「āです!」

僕「。。。」

 

こんな感じでした。僕的には「無理数である」という答えが出てくるものかと思っていましたが、現実はそう甘くありませんでした。また、この解答を予想してなかったので最初聞いたとき一瞬なんのことかと思いました。

高校数学では集合Aの補集合をĀと書きます。大学以降の数学では集合Aの補集合をAの「complement」といっての上に小さくcと書きます。余談になりますが、Āは集合Aの閉包という意味になります。

おそらくその生徒は、集合と集合の元の関係を理解できていないか、集合の記号のつかいかたを濫用していたのでしょう。でもよく考えると、āと答えてしまうことにもちゃんと理由があって、生徒なりに考えて答えてくれたことなのです。その答えから、集合の否定を表す記号の使い方について確認することもできました。僕はテンパってできませんでしたが。

よく「良い先生は授業中に生徒の間違いを拾うことができる」ということを聞きます。このような場面で、気の利いた説明をできるかそうでないかが良い授業をできるかできないかの分かれ目になるのではないかと思います。今後の授業づくりの参考にしていきたい出来事でした。